2012年9月2日日曜日

『草原』24-08(通巻116)号より


塩鮭ほぐして新茶のお茶漬け  白兎
 腹がたまらなく鳴る句となりました。塩鮭もさることながら、作者は静岡の方ですので、新茶もまた格別においしそうです。

予備校の宿舎から止まらない目覚ましの音  啓司
 作者の住居の近くに宿舎があるのか、あるいは通勤路にあるのか不明ですが、朝の五時や六時といった時間に鳴っているのでしょう。それも毎朝、止まることなく鳴りつづける。目覚ましの主は、はたして起きて勉強することができているのでしょうか。

足跡に雨たまる  風狂子
 短い何気ない句ですが、この景を詠んだ句は記憶はありません。よく気付かれたなと思いました。

ビール半額まずは2杯目  明人
 既に一杯目は飲んでいる、というところが面白いです。ほとんど下戸の私には、ビール一杯で十分でして、二杯、三杯と飲める方がうらやましくてなりません。

傷つきやすい女に逢う爪を磨ぐ  ゆ
 相手が傷つきやすい女でしたら、爪をしっかりと磨いで会うことが必要なのでしょう。このさりげない気づかいを、女は気付いてくれるかどうか。 

ひとつずれた席に知らない温もり  慶
 列車の中でのひとこまでしょうか。よくよく考えてみれば、知っている温もりの方が世の中には少ないですね。知らない誰かではありますが、温もりを忘れた機械ではなく、温もりをもった人間であったことがわかってよかったのかもしれません。

『草原』24-07(通巻115)号より


お経に飽きてハナミズキ  馬堤曲
 ハナミズキといえば、一青窈(ひととよう)の「ハナミズキ」の楽曲を思い出します。一青窈は、台湾人の父と日本人の母をもつ女性シンガーで、個人的に、彼女の歌が好きなのです。お寺の庭に、紅く咲いているのでしょうか。

スカイツリーが一面の朝の新聞配っていく  啓司
 恥ずかしながら、スカイツリーというものの存在を知ったのは、この前の三月の半ばのことでした。地方に在住していることに加えて、テレビも家になく、新聞もとっていないため、知ることなく過ごしておりました。東京の知人が来福した際のお土産がスカイツリークッキーでして、「これ、なんですか?」と聞いてしまったのでした。

朝が来て蛍籠の中の死骸  風狂子
 蛍狩りの翌朝の景でしょう。お子様も悲しまれたことでしょう。蛍はほんとうにはかなく散っていきます。

玉子かけご飯に玉葱の味噌汁  白兎
 夕飯前のお腹がすいた時間帯にこの記事を書いているせいか、この句が目に焼き付きました。お腹的に魅力のある句です。

古地図の日本が大きい東洋文庫  ゆ
 東洋文庫には、ここ十年、断続的にお世話になっています。珍しい文献を多く所蔵しているのです。ただ、古い文献になるとなかなか貸してくれず、また、コピーを頼むと一枚二十円と、通常の二倍の金額なのがネックです。

ふるさとは逃げ水の先  慶
 逃げ水が、ふるさとへ続く道へあらわれたのでしょう。思えばふるさともまた、逃げ水に輪をかけたような幻なのかもしれません。

『草原』24-06(通巻114)号より



爪切って小さな爪や大きな爪  啓司
 小指の爪から親指の爪まで、いろいろな爪があるはずですが、なかなか意識してみませんね。あるいは、子供の爪と大人の爪が混ざっている有様でしょうか。

小さな女丸ごと抱く  ゆ
 小柄な女性とのひとときのようです。丸ごとというところに、男らしさを感じます。

抱いて抱かれて夢であったか  かいじ
 この句には、一種の桃源郷を見ました。あまりに愛しい夢でした。

雨のさくらの妻の墓にきた   句塔
 春雨の中、妻の墓参りにきたようです。美しいひとこまです。なお、この句は、句塔の句集『父子』に掲載されています。この句を目にするまで、句集の名前まで意識しておりませんでした。

子が春へ花のたねまく  句塔
 幼子でしょうか、春を共にすごしている様子ですね。この種が、日本の高度経済成長となっていったのでしょう。

つはものゝ命に代れ芋の蔓  北村旅団長
 以下二句、『メレヨン自活句集』に掲載されている句とのこと。戦時中、メレヨンに駐屯した部隊内で句会が開かれており、その成果をまとめたもののようです。芋を植えて自活していたようですが、さすがは旅団長、部下のことを案じていたようです。強さを感じる句 です。

この芋は一キロありと奪ひ合い  岩尾少佐
 芋を植えて後、収穫しているさいのひとこまです。ほほえましくもみえますが、食糧難にあったようですから、案外血みどろの争いとなっていたのかもしれません。これら二句以外にも、いい句が多く、『メレヨン自活句集』を読んでみたくなります。

『草原』24-05(通巻113)号より


もの言わぬ酒の澄み切っている  明人
 日本酒か焼酎でしょうか。昔飲み会で、焼酎の注がれたカップをしみじみ見ながら、「この澄んだ水をみろ。ここにすべての歴史がつまっている」と言いながら泥酔していった先輩を思い出しました。確かにもの言わず、美しく澄んでいます。

梅林の花びらが昼シャワー  操子
 贅沢な昼下がりとなりました。朝シャンならぬ昼シャンというところでしょうか。すがすがしいです。

晴天の朝にダンゴムシつついている  馬堤曲
 なぜこの日この時よりによってダンゴムシをつつくことになったのか。どう問われようとも何の理由もないだろうところに、面白みがあります。

春キャベツの鮮やかな緑色  啓司
 行きつけの食堂の味噌汁に、キャベツが入るようになりました。これまで味噌汁の具にキャベツというのは思いもしない組み合わせでしたので、最初はとまどいましたが、食べてみるととにかく美味い。キャベツ味噌汁を知らなかったこれまでの人生、少しばかり損をしてきたように思いました。

眠る児の睫に見入る  福露
 子供の睫は気のせいか妙に長く、また美しくみえます。ついつい見入ってしまう気もちがよくわかります。健やかに育ちますよう。

子が五年生になる妻の五回忌  句塔
 子が学校を卒業すると、このカウントもできなくなります。少しずつ時は流れて、子は大人になっていくのでしょう。