2012年5月19日土曜日

『草原』22-09(通巻93)号より


ホームから見える足湯の足  操子
電車のホームの真ん前に、足湯があるのですね。電車から降りると、湯気と足が見える。いったいどこの駅でしょう。行ってみたいものです。

庭のひかりに猫の背ほそる  瞭  
庭のひかりとは、庭に入って来た月明かりではなかったかと想像いたしました。その月明かりに猫が照らされて、背中のところが細く見えているのです。音のない風景です。

荒波きびしい浜に電話ボックス  瞭
最近は、電話ボックスを見る機会も減ってきました。電話会社の方で回収して行っているのでしょう。しかし、人気のない海岸の電話ボックスなど、ついつい見過ごしてしまっているのではないでしょうか。この電話ボックスは、何を考えて浜辺に立ち続けているのでしょうね。

言い訳も言えず合祀墓の骨たち  ゆ
死人に口なし、ですね。彼らのことをどのように利用するも、どのように非難するも、生きている人間の自由です。悲しいものです。
 
佃煮のイナゴの手足かしこまっている  権三郎
実は私は、佃煮のイナゴというのを食べたこともなければ、現実に見たこともありません。テレビや本で見知っている程度です。しかし、手足かしこまっているというのは、うまい表現だと思いました。

僧侶木陰でけいたいメール  慶
  僧侶の袈裟と現代的な機械というのは、どうにも違和感を覚える組み合わせです。バイクに乗っていても、どこかおかしくみえてしまいます。という話を友人の僧侶にしたところ、「自分でも少し気になっている」とのことでした。

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