2012年4月30日月曜日

『草原』21-11(通巻83)号より

ふと恩師の福耳山歩く  滋人
山歩きの最中に、何とはなしに恩師の福耳のことが思い浮かんだのですね。黙々と山を歩いていると、いろいろなことが頭をよぎりますが、恩師の福耳とはいったい何かの予兆なのでしょうか。

空き家の壁に八代亜紀が微笑む  福露
長い間風雪にさらされて色あせてしまった、しかし美しい八代亜紀の微笑みが瞬時に再現されました。いつまでもそこに貼られていてほしいものです。

窓まで伸びている朝顔の朝  敬雄
 そういえば今年の夏には、朝顔を意識して見ることはありませんでした。彼らはどのような顔をして、毎朝を迎えていたのでしょうか。

また繰り返す朝に起きる  ゆ
たまにそういう気分で朝を迎えることがあります。しかし、日々新しいことが実際には起こり続けているのだと、信じて暮らして行くほかありません。

 引き出しの底から笑顔の写真  慶
その笑顔の持ち主は、今は遠く離れてしまっているのでしょう。最近の暮らしぶりなど知る術もありませんが、手元に残されたこの写真からは、その方が幸せに生きていることしか想像できないのです。

 妻は雑巾のようになり何にも言はない冬  棗人
妻とその夫の間に、壁ができてしまっているのではないかと想像しました。その背景には、度重なる苦労によって疲れ果てた妻による、何らかの思いの蓄積があったのではないでしょうか。

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